発達障害や知的障害の診断をもつ子たちにとって、ピアノや音楽はどんな効果があるのでしょうか?
ピアノ講師として感じる疑問を、音療育ハートアップを主催する熊谷裕美さんに尋ねてみました。
一番大切なのは、まず最初に「その子にどんな凸凹があるのか」を観察し、話し合い、理解するところからスタートすべきという点。この記事ではより具体的に「どのようにレッスンを組み立てればいいのか」を尋ねています。
また、保護者の立場で感じる「音楽教育にどのような効果があるのか」「このまま続けていいのか」という疑問にも答えてもらいました。
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音療育(おとりょういく)とは?

なみのおと音楽教室 まず、熊谷さんが行われている音療育とはなんでしょうか?
熊谷 音療育は私が作った造語なんですが、音楽の強みと療育の強み、知育の強み、ABA応用行動分析学の強みを掛け合わせたものです。それぞれ1つずつでも機能しますが、掛け合わせることでそれぞれを補完できます。
具体的にいうと、レッスンはひとりひとりの発達段階(音楽の発達段階と成長の発達段階)を細分化していくことから始まります。2歳頃からピアノが弾ける7歳頃までの発達段階で獲得したい課題を細かくリスト化し「そのタスクを達成するためには何をしたらいいか」を設定していきます。
たとえば五線譜を読む前段階で色音符を使うとしたら、色がわかることが前提になります。
「色が3色わかる」という目標があるとすると、では色を教えるには何をしないといけないか? そこに向かって必要なことをレッスンしていきます。
数値化できる部分を数値化していく
熊谷 設定したタスクが「できた」という判断基準は、応用行動分析学の手法を使います。たとえば「赤」という色がわかるか10回質問して80%成功したら「わかっていた」と考え、それを3週続けるとタスクを完了し「この子はわかっていた」と考えます。
このように数値化できる部分は応用行動分析学の手法で数値化して把握していきます。
一方、音楽には数値化できないタスクもあります。たとえば「感情を表現する」ことは数値化できませんが、それも発達段階に応じたタスクとして組み込んでいます。
また、音楽と知育、療育、応用行動分析の強みを組み合わせるために、レッスンを2名体制で行うようにしています。
ハートアップ音療育教室
「発達ゆっくりさん向けの音楽を使った習い事教室」を沖縄県内3か所で運営。認定ABAセラピスト(児童指導員)とピアノ講師の2名がレッスンにかかわるほか、その他専門家とも連携して音療育のレッスンを行っています。
公式ラインを含む連絡先
https://lit.link/heartup
発達障害の生徒を教えるピアノ講師へのアドバイス

なみのおと音楽教室 実は「ピアノ講師が発達障害や知的障害の診断を持つ子を教える確率は高い」といわれています。とまどっているピアノの先生へのアドバイスはありますか?
熊谷 最初に気をつけたいのは「その子にどのような凸凹があるか見きわめる」ことです。高すぎる目標を設定して、一生懸命教えようとしてもうまくいきません。ピアノの先生にやっていただきたいのは、その子の得意不得意を見きわめて、細分化すること。小さな1つのタスクに対して、生徒さんと一緒にやっていく。手を添えたり、言葉でヒントを出したり視覚的に絵カードや写真でわかりやすく丁寧に具体化し、説明してあげてください。
教室の環境を整えるとこも大変重要です。その子にとって落ち着いて取り組めるように整理整頓し、目につくようなものは片付けましょう。レッスンに集中できる教室作りが大変重要です。
なみのおと音楽教室 どの子もそうですが「どこがわかっていないか」を見ないと進められませんね。
熊谷 その子が今困っていることを、こちらがどうキャッチできるかが重要だと思っています。あとは、できないことを責めない。当たり前ですが、苦手なことを受け入れる必要があります。苦手なことができるようになるためのレッスン。そこからスタートしてほしいと思います。
熱血になりすぎないことも大切
熊谷 熱血になりすぎないことも大切です。気持ちは熱血でいいのですが、それを態度に出して熱血指導してしまうと、敏感な子どもたちにはマイナスになります。その子のペースを大切にして、リラックスしながら楽しめる空間や雰囲気を大切にしてください。結局、その方が伝えたいことを速く伝えることができます。
ひとりひとり個性や特性・特徴が違うことを意識する

熊谷 障害がない子も同じですが、発達障害の子にはひとりひとり個性があり、得意不得意が違います。最初に言ったことと重複しますが、結局「その子の強みが何で、苦手なのは何か」をまず把握することからはじめるのがいいと思います。
なみのおと音楽教室 障害のあるなしにかかわらず、レッスンに来る生徒さんはみんな違っています。ひとりひとり違うし、ひとりひとり見ていく必要がある。そのことを再確認するきっかけになりそうです。
熊谷 確かにそうですね。うちにも診断を受けていない子も通っています。「その子をどう見るか」がやはり一番大切です。
得意不得意がわかれば、より有意義なレッスンができます。苦手な課題をがんばった後に得意な課題に挑戦してもらうようにすれば、楽しさも自己肯定感もアップし、喜びを味わいながら充実した時間を過ごすことができると思います。そういった積み重ねで、何をすべきか、より明らかになっていきます。
保護者とコミュニケーションを取る時のポイント

なみのおと音楽教室 知的障害をもつ生徒さんを教える場合もありますが、そういう時のポイントはありますか?
熊谷 ハートアップでは、親御さんとの信頼関係を大切にしています。お母さんが気持ちを伝えられる場が少なく感じているため、できるだけ面談の時間を取るようにしています。また、レッスンの日報を公式LINEでお送りしています。なぜこの課題をするのか、この課題を行うことで○○が向上するといったご報告もしています。その連絡のやり取りもコミュニケーションをはかるきっかけになっていると思います。
お子さんの成長や変化を保護者さんと共有することで、保護者さんが笑顔になれば自然とお子さんもできることが増えていきます。その結果、みんなで笑顔になっていけます。まずは不安な気持ちを共有していくことが、親御さんとのコミュニケーションを深めていく第一歩だと考えています。
なみのおと音楽教室 保護者は子どもの状況をどう把握し、こちらにどう伝えてくれるのでしょうか?
熊谷 一般に発達障がいなどの診断が出ている方は、未就学児であれば主に新版K式、5歳からはWISC-Ⅳ(ウイスク4)という検査を受けています。
小児科を受診し公認心理師さんが検査をし、結果をまとめた後に小児科の先生が総合的な診断を出します。この流れで、障害児通所支援事業者等のサービスを利用するために必要な「受給者証」を取得します。なので、保護者さんはいずれかの検査結果をご存知だと思います。
なみのおと音楽教室 ピアノ講師がそのテスト結果を見せてもらうことは?
熊谷 数字が独り歩きしてしまう可能性があるのでふさわしくありません。知識のない人がテストの数値だけで判断することは控え、それよりも保護者さんとしっかりお話ししてください。保護者さんは小児科の先生や公認心理師さんと面談しているはずです。それを踏まえてヒアリングしていくことをおすすめします。
なみのおと音楽教室 保護者の方とどんな話をすればいいですか?
熊谷 保護者の方はお医者さんと「この子はここが苦手で、でもここは得意ですよ。ここを伸ばしていきましょう」といった話をしているはずです。そういった点をピアノの先生がヒアリングしていくことが大切ですね。そこから、どんな指導をすればいいか見えてくるはずです。
「このまま子どもを通わせていいのか?」と悩むお母さんへ

なみのおと音楽教室 一方で障害をもつ子の保護者の方の悩みも多いようです。音楽を習わせるメリットや効果はありますか?
熊谷 お子さんが「音楽をやりたい!」「楽しい!」と思っているかどうか……というところから入る必要があります。お子さんとお母さん両方の意思があってスタートするなら、音楽は楽しいですし、楽しいからできることが増えます。答えとしてはあたりまえすぎるのですが、結局はそこが一番のメリットです。
なみのおと音楽教室 「子どもがちゃんとやれないけど、続けた方がいいの?」と悩む方も多いようです
熊谷 その場合は続けた方がいいと思います。子どもはいつ変わるかわからないからです。1か月泣きながらレッスンを受けていたけど、その次の日に「楽しかった!」といいながら、できることが増えはじめたりします。むしろ子どもにとっては、そういうことが普通に起こります。
また、保護者の方も教えている先生も、できることがあたりまえと思わず、ちょっとちょっとの「できた」を「すごい」と認めてあげることも必要です。教室に来られた時点で「すごい」と認めてあげることが大切で、それが子どもたちを変えるきっかけになります。
なみのおと音楽教室 なるほど。音楽講師として障害をもつ子を教える時の参考になるお話でした。ありがとうございました!
なみのおと音楽教室による補足

今回、ハートアップの熊谷裕美さんを取材するにあたり、わかりにくかった専門用語を調べてみました。すると、音楽と発達障害や知的障害に関する研究は幅広く行われており、多くの論文が書かれていることがわかりました。
特に気になった上村菜々美氏の「発達障害児における音楽の作用についての研究」から、参考になった点をまとめておきたいと思います。
受精後4か月で胎児に聴力が発達する

出生直後の新生児が早親の声を識別していることが知られています。胎内で母親の声を聞いているからですが、胎内で母親の声は「旋律として把握されており、母親の胎内にいる頃から、人は音楽と関わりを持っている」そうです。
そして、この論文は次のように結論づけています。
発達障害を抱えた子どもたちにとっての音楽は、日常を円滑に流し、かつその中で音楽を力にしたり他者や新しい世界とつながるツールとして作用することが考えられる。
また音楽には次のような効果があるとも述べられています。
- 対人関係能力の向上
- 社会適応の促進
- 意欲の向上
- 情緒の安定
- 感情表出の増加
- 運動能力の向上
これらは、熊谷さんのお話の中で、記事に収められなかった解説とも一致しています。
ピアノ講師の立場でも、保護者の立場でも、音楽の力を信じてレッスンを続ける価値があるとわかりました。
熊谷裕美さんプロフィール

くまがいひろみ。埼玉県生まれ。2012年2月に東京都江東区より家族で沖縄へ移住。夫がASDとわかったことをきっかけに、発達障がいについて学び始める。心理学を勉強していたこともあり心理を柱とする児童発達支援・放課後等デイサービスに勤務し、児童指導員、ABA応用行動分学の資格を取得し、言葉や運動の授業、SSTの習得、研修会の企画・開催、WISC-Ⅳの検査員としての活動を続ける。自身が学んできた「療育」と「音楽」のよさを掛け合わせるため、ピアノの先生とタッグを組み音療育の教室(音療育ハートアップ)を立ち上げる。
参考文献
上村菜々美(2021)「発達障害児における音楽の作用についての研究」,『花園大学心理カウンセリングセンター研究紀要 第15号』