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ぼくが子供のころ、ほしかった親になる。

「その通り」と思いながら読んだ箇所がたくさんあります。写真家の幡野広志さんが、なぜこの本を書こうと思ったのか、その気持ちはわかる気がします。本の帯には「余命宣告を受けた35歳の父が2歳の息子に伝えたい大切なこと」と書かれていて、その切実な感覚もわかります。

私事ですが、うちの息子はぼくが53歳になる年に生まれ、現在3歳半。息子が成人する時ぼくは73歳ですし、大学を卒業する時少なくとも75歳になっています。普通の父親に比べて短い時間しかそばにいてあげられないことを考えると、何か役に立つ言葉を残しておきたいという思いは確かにあり、何をすべきなのかと考える機会がたくさんありました。本書の著者ほどではないですが、残された時間は少ないな、と感じることがよくあります。

さて、幡野広志さんはあの「ユーナ」を受賞して、写真家として知られるようになった人です。ニコンサロンが主催していた、若手作家の登竜門Juna 21。確か2010年に『海上遺跡』で受賞し、作家としての評価を確立していきます。わりあい長い間雑誌編集者として仕事をしていたぼくには、カメラマンの友人・知人も多く、幡野さんの華やかな経歴はすんなりと納得できます。

そして2016年に、息子の優くんが誕生。

ところが2017年にガンの一種である多発性骨髄腫を発症。余命3年の宣告を受けます。

ガン宣告を受けた夜、のこしていかなければならない妻と息子のことを考え、一晩泣いた。 それから、僕が息子に残したいものは、なんだろうと考えた。 激痛のあまり自殺が頭をよぎったときは、「狩猟中の事故を装って猟銃で命を断てば、3000万円くらいは保険金が入るよな」などと皮算用をした。 やがてガンという事実が静かに自分の中に染み込んできたとき、「残したいのはお金じゃないな」と思った。お金なんて集めようと思えばいくらでも集められるわけで、それは息子が自分の力で集めてくれたらいい。 そこで僕は、息子に宛てて手紙を書こうと思った。

この本は彼が息子の優くんに残したライフハックであり、同時に彼自身の心の中を再びたどる旅のようなものです。時系列は違うけれど、子供のころの両親との関係や学生時代にうけたいじめとその後、若いころつきあった女の子への思いと今の奥さんへの思い、下積みから写真賞の受賞……。作家がその心の中をたどりながら、息子に伝えたい言葉を探していくというこの本の内容は、ぼくにはまったく他人事とは思えず同志と語るような気持ちで読み進みました。作家自身の心の中をたどる旅に、同席させてもらっているような感覚でした。

どうすればよりよい人生を送れるのか。息子には今の思いを伝えたい。優しい人になってほしいという心的な価値だけでなく、幡野氏は芸術家でありながら、お金の話もしっかり伝えようとしています。生命保険を含めたお金全般を投資としてとらえ直した話などは、本当に、息子に伝えておかなければならない大事な論点です。

ウチの3歳児。いつか大事な話ができれば…

また、彼はこの本を彼独自の生死観で締めくくっていますが、ぼくもまた息子とそんな話ができればなと思うことがあります。うちの息子は優くんと同じ2016年生まれ。誕生日はほぼ2カ月違いです。同じ時代を生きる優くんにあてた「言葉」は、いつか息子の心にも刺さるでしょうか。ぼくにもいつか、少し成長した息子と、そんな話をするチャンスが訪れるでしょうか?

息子はそうとう高い確率で、早くに父を失う。それで苦労することもあると思う。 こうして本を書き、ウェブで語り、写真も撮っているのは、息子にとって自慢のお父さんになりたいからだ。 (中略) そして、どんなに僕が自慢のお父さんになろうと奮闘しても、息子にはいつか僕を否定してほしい。 親も初めての人生で、初めての子育てをしていて、それで間違えないなんてありえない。人間は死ぬまで成熟などしないし、まして35歳の僕は未熟者なのだ。 だから、この本は、ひらかなくてもいいんだよ。 だけど、覚えておいてほしい。 優が何を選ぼうと、お父さんは優の答えを受け入れて、ずっと背中を押してあげる。

本書のすべての意見に賛成するわけではないけれど、最後の言葉には同意できるお父さんでありたいと強く思います。若くて元気で何十年も人生をともにするお父さんでないからこそ、切実に息子へのベストを考え続ける。息子と過ごす時間が短いからこそ、父は息子のことをフル回転で考え続け「意味のない干渉をせず、ただ背中を押してやりたい」という答えにたどり着いた……。無自覚に子育てをしていたら出てこない結論ですし、それを本当に実行するのは難しいことです。息子のすべての答えを受け入れて背中を押す。そんな難しいこと、死を覚悟しているからこそできるのかも知れません。

すべての2016年生まれの子供たちに、優くんとウチの息子の同級生たちに、いつか読んでもらいたい一冊です。


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